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ふと思いついては消えていく戯れ言の中にも大事なことや本気なことはあるよな、と思い極力書き留めよう、という、日々いろんなことに対する思いを綴っています。
2024.05.20 Mon
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2007.12.19 Wed
人の薦めで読んだ本。非常に面白いタイトルの本だが、
内容は正直気分は良くなかった。
最後まで読みきって少しは改善されるのだが、ところどころ吐き気がする描写が多い。
筆者の興味のある事柄、調べたことを兎に角ぶちこんだように見えてしまう。
小説とは得てしてそういう物であるということを差し引いても
雑多で無理に色々な事柄が語られ、会話による説明が多くて読みづらい。
男性が描いている女性にありがちな描写も多い。
残虐なシーンが必要以上に克明に描かれている気がしてならなかった。
確かに物語の要請上、人間というものを描くには必要なシーンかもしれない。
しかしながら、これが文学という形をとっているからこそ絶賛されているものの、
アニメや漫画なら間違いなくPTAが騒ぎ出し、教育に悪いと放映や発刊を
中止にさせられてしまうだろうと思わざるを得ない。
これはこの物語や筆者に非はない部分ではあるが
ここにもこの小説を読んでいて感じる『人間とは』という部分がよく現れている気がする。

ふとしたことで感じる相手への違和感と、それによる恐怖。
人間とは一体なんなのか。

以降ネタバレ。



ヤクザを恐れる癖に、それが味方につけば偉そうに振舞う。
人の金ならば平気で賭け事に興じられる。
一番考えさせられたのは、自分の愛する人を殺した仇が目の前にいて、銃を渡されるシーンだ。
主人公は彼女を本当に愛していたのか、というところには疑問があるのだが
それはこの際おいておくとして
仇が目の前にいて、縛られていて反撃される恐れは無い。
手には銃があり、撃ったことの無い素人でもはずさないであろう至近距離に自分は立っている。
しかも、殺人という罪は身代わりが自首してくれる。
こんな状況におかれたなら、一体自分ならどうするだろうか。
自分も引き金を引くのではないだろうか。

人を殺すことはいけないことだ。
という倫理観は、自分の愛する人を殺されている怒りで容易くふっとんでしまうだろう。
次に世間体や法律のことを考えるにしても、
自分がやったということが絶対に誰にもばれない、というお膳立てがある場合においても
人間は踏みとどまれるものなのだろうか?
誰にもわからない。だから裁判にかけられることもないし、誰から責められることもない。
寧ろこの場にいる人間たちからは、仇を討ったと誉められさえするだろう。
そして、手の中にはナイフや紐ではなく
離れたところから引き金を引くだけで人を殺せる銃がある。
この人を殺しても、最愛の人が戻ってくるわけではない。
そう思って、踏みとどまれるだろうか?
怒りに我を忘れている状態で、踏みとどまる自信は私にはない。
 
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