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ふと思いついては消えていく戯れ言の中にも大事なことや本気なことはあるよな、と思い極力書き留めよう、という、日々いろんなことに対する思いを綴っています。
2024.12.04 Wed
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2010.10.26 Tue

友達って、なんだろうね。

そんなもの人それぞれだし、きっちり数値やラインで
区分け出来るものじゃないことくらいわかってる。

自分が所謂お人よしで、利用されたり裏切られたり
何度もしてきた自覚はあるけれど
結局どうもがいてもこういう生き方しか出来なくて

生身でぶつかって、それを受け止めてくれて
馬鹿正直に生身でぶつかり返してくれるような人が
時々現れて。

そんなときに涙が出るほど嬉しい。

       ***

私の好きなラノベのひとつ、オーラバにあったのだけど
私は自分の友達と友達がトラブっていたら、自分になにか出来ないものかと思う。
自分は直接そのトラブルに関係ないので、無関係にそのどっちとも
それぞれに仲良くしておくということがどうも出来ない。
況して、自分が冷静に判断して、片方が間違ってると思ったら
尚更困ったりする。

とても、そんなことは冷たいだろって思うことがあった。
友達が、あたしの友達に対して冷たいことを言った。
それで友達が傷ついている。
争いじゃない。傷つけられても、相手の言い分にも理があると、
彼は冷静に対応している。
それでも、やっぱり傷つくだろうと思う。

見ていて、居た堪れなくなる。


おれは友達じゃなかったんだ。

その言葉を目にして、抉られるようだった。

私はなにも出来なかった。
悔しい。悲しい。そして虚しい。

無力だ。
力足らずで申し訳ないと思った。


でも、彼に逆に励まされた。
下向いてたら顔を上げさせてくれるし声をかけてくれるって。

一緒に傍にいた、それで少しでも力になれたのなら。

それに、今度のことで私たちは友達だって確認しあえた。
それはとても、とても良かったと思う。


友達だって思っていても、
私なんかが友達って言っていいのかな、と臆病になって
友達って呼べないことが多々ある中で
臆面もなく友達だって言い合えた。

良かったんだ。とても、嬉しかった。


出会いは運命だと思ってる。
幸せには、運命という意味も入っているらしい。
出会えたことを、幸せだと思う。

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2010.08.05 Thu


エンジンと聞いて思いだすのは、伊坂氏の『重力ピエロ』。春が描いた壁画のタイトル。
円陣でもいいし、猿人でもいい。なにか、動き出すもの。エンジン。

       *

鞍と愛馬を手に入れて、先月末で一月が経過した。
週末に近場にしか出掛けていないので、跨った回数は10回以下。
総走行距離も100kmをやっと越えたところ。
公道をひとりで巡航速度で走行するのは骨が折れるし
あまり長い時間連続しての運転はまだ無理。

それでも、教習所に通いだしたときは一時間もたすことがやっとで
40km出すのもがくぶるしていたわけだから
些細ながらもそれなりの進歩ではある。

機械は好きだけれど全く詳しくない自分が
近頃エンジン音に反応するようになったのもまた進歩。

愛馬はYAMAHAのSR400なわけなのだけど
選んだのは全くの一目惚れ。
単気筒だとかキックスタートだとか
そういうことはちんぷんかんぷんのまま、
ホンダかカワサキのバイクを探すつもりで
教習所に通いだした頃に見かけた、ただそれだけ。

このバイクは、マイチェンは多少あるものの
基本設計が生まれたときからずっと変わっていない。
そこがまた、気に入ったのである。
何を隠そう、SRは自分と同い年なのだ。

成長し変化しつつも、根底にある信念と魂は変わらず
押し流されることなく流れを作り走り続けるSR。
多少取扱が面倒でも、多少ぐずろうとも
共にこれから歩んでいきたいと思う。

       *

購入当初はあたふたしている間にエンスト
復帰に時間がかかっていたけれど
もういい加減、余程渋滞に巻き込まれて
抜くことも出来ない状況でもなければエンストもしなくなった。
たとえしたとしても、流石にまだその場でかけなおすほど
自信がないにしろ
路肩に寄せてほぼ一発でエンジンも始動させられるようになった。

今週末は車で出かける予定なので恐らくお預けだけれど
また次の休みにはどこかへ出かけよう。


時の流れは、いつだって今が一番新しい。
遅すぎるということはない。
本当は、学生時代の内にやっておきたかったと思うけれど。
今より早い時間はどこにもないのだから
少しでも取り返そうと思う。

いろんなところへ行って、いろんなものを見ようと思う。
折角やっと、手に入れたのだから。

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2010.08.01 Sun

少し前に、twitterのアイコンを自分の顔にしないのは
残念アイコン、というblog(だったかな)の記事を読んだ。
その記事内容は、単なる決め付けだったのと
かなり胡散臭かったので、どうかと思った。
たとえばペットのアイコンにも個性は出るし
日本人だと、著名人以外で本名&顔写真にしている人の中には
結構胡散臭い人が紛れていたりする。
というのは飽く迄も自分の印象なのだが、post内容が
非常にうんざりするものが多かったりする。

大体、一般人が本名&顔写真にしても
本当にそれが本人の名前と写真なのか判断がつきにくいし
本名を晒して発言する=責任の所在がはっきりする
とは必ずしも言いがたいと思う。


個人情報保護法が浸透して結構たつけれど
逆にこれで個人情報に過敏になって
変な解釈をしている人もいると思っている。
個人的には、名前、住所、電話番号程度は
調べようと思えば調べられる範囲の個人情報だと思っているので
流出について然程過敏にはなっていないのだが
長くなるのでこれは置いておいて

安易にネットに個人情報を晒すな、というのが
ネットの常識だと、少なくとも私は思ってきた。
うっかり晒して、そこから個人を特定されて
あることないこと晒されて大惨事になるという事件だって
実際ひとつやふたつではない。

「twwiterは2chとは違うと分かったから実名にした」
というpostを見た。
これは恐らく上記のような件を指したのだと思うが
偏見だと思う。
確かに自分も2chの最初の印象が
猫虐殺の生中継だったものでとても嫌なイメージしかなかったけれど
実際の社会がそうであるように、2chにだっていい人も悪い人もいる。当たり前。
mixiだろうがtwitterだろうが、それは変わらないと思っている。


そもそもmixiも、はじめは本名登録だったはず。
それが、実名登録は控えようという流れになってきたのは
使用者数が増えてきたあたりだったろうか。

twitterなどで中傷してくる人は
実名や顔写真アイコンでない人たちだ、というpostもあったが
個人的には、逆にmixiなんかでわけのわからない突っ込みをいれてくる人は
本名っぽかったり写真がプリクラだったりすることが多いと思っている。


結局、ツールはツールであって飽く迄その価値と使い方は
それを使う人間次第だ、と思うのだ。

匿名=自由であって、必ずしも匿名=中傷とも言い切れないと思う。
確かに一部ネットユーザーの無責任さには私も飽き飽きしているが
そういう人が実名なら自分の発言に責任を持つかと言ったら、そんなこともないと思う。
無責任な人はそんなことにかかわりなく無責任だ。

学校で同じクラスの人に匿名で意見が言えるが本名では言えない
ということはあるかもしれないが
ネットという広い世界の中では、本名でも匿名でも相手が『知らない人』であることは変わらない。

別名・匿名だから言えることもある。
無責任な中傷だから言える、というパターンだけではなく
権力であるとか立場であるとか
色々な理由から意見を言えない人が言えるようになるという
良い面だって少なからずあるはずだ。

たとえば作家さんで筆名をわけている人
有名になった自分の名前ではないところで勝負したい
なんてこともあるだろう。
実際、自分の名前が売れすぎないように、筆名をいくつも使い分けている作家が友人にいる。


私は、ネット環境が整備されてからネットを介して出来た友人が結構多い。
顔だけ知っているが名前を知らない人
名前を知っているが顔を知らない人
顔も名前も知らない人
顔も名前も知っている人
色々いるけれど、別にどんなパターンでも友情の質に差はない。
いちいち住民票を交換するわけでもないのだから
本名と顔が一致していないと正体がはっきりしていない、
のだとしたら、はっきりしている友人なんて
学校の友達くらいだろう、今時。

それでも、友達は作れる。


ところで私は、twitterのIDはそれでとれなかったので
huitaineにしているわけだけれど
名前はsayにしている。
これは、ネットをはじめたときから
もうかなりの年数、この名前を使ってきている。

2chにもコテハンなんかがあるわけで
実名でなくとも、責任を持って発言している人はいっぱいいるはず。

戸籍にある名前を晒すつもりはないし
アイコンは、一眼を手に入れたら自分の顔写真にしようと思っていたのだけど
趣味のアイコンにすることで、それを見てフォローしてくれる方もあるわけだし。

顔写真アイコンではない=卑怯者
という考えの人がいるのなら、逆に顔写真にするのはやめようかなと
思い出した。

匿名反対派の意見はとても納得はするし
基本的に同意見ではあるのだけれど
ネット=匿名性=陰湿な中傷
という偏見とも思える図式には賛成しかねる。
顔を晒すことで責任ある意見を言おうという
自戒の為には、本名&写真晒しは使えると思うが
他人にそれをしろと言うのは違うのでは、と思う。

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2010.07.26 Mon

どうして自分は全然なにひとつちゃんと出来ないのだろう
と思う。
時々「すごい」と言ってもらえることがあるけれど
自分なんてちっとも凄くなんかない。
逆に、「羨ましい」と言われることがあるけれど
これには少し不快を覚える。
別に羨ましがられるようなことはなにひとつない。

あの人は、どうしてあんなに忙しいのに
たくさんの友人たちもいるのに
不義理もせず、仕事もこなして、きっちり遊んで
どこにどうやったらそんな時間があるのだろう
と、思うことがある。
「睡眠削ってるからかな?」
と答えられたことがある。

その人を、凄いと思う。
見習わなくちゃと思う。
でも、羨ましいとは思わない。

別に彼は、やろうとしてやっているだけで
やっているから出来ているだけで
別に妬まれるようなことはなにひとつない。
彼の努力の結果だ。

「いろんなやることあっていいね」
だの
「寝ないで済んで羨ましいね」
だの
ちょっと可笑しいと思うんだ。
別にやりたいからやっているだけで
そして別に趣味でやっているわけでもなくて
真剣にやっているだけだし
寝ないのは辛い。
本当はたっぷり寝ていたいとも思う。
2,3時間の睡眠で事足りるようになれるように
期間をかけて練習もした。
だから別に、羨ましがられることじゃない。


そんな些細なことも数に入れて良いのなら
きっと、出会った頃よりは近づいた。
でも、私の尊敬する人たちは
揺るがない。弛むことがない。
私が苦労して数歩進んでいる間に、何十歩も先んじてしまう。
だからと言って、追うのを諦める理由にはならない。
努力しなくていい言い訳にはならない。

疲れたからとさぼっているわけにはいかない。
誰かに無理強いされたわけでも
課された訳でもない。
やりたいからやっているだけ。
好き好んで、自分で目指しているだけ。

どんなに尊敬する人たちの背中が遠くても
それを越えた先がまだまだ険しく遠くても
それでもこの道を進みたいと思ったのだから
血反吐を吐いてでも進むしかない。

時々辛く思っても
羨ましく思っても
あの人たちが軽々しく簡単に歩んでいる訳では
ないことを知っているから
簡単に羨ましがったり
況してや諦めたりなんてしたくない。

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2010.07.16 Fri

以前サッカーについて熱く語っていたら
「所詮娯楽だろう」
と言われた。
違うと言っても伝わらなかった。
しかし、あれは戦争だ。
血は流れないけれど、国家の威信をかけた戦いだ。

少なくとも、
「戦争代わりにやっている国もどこかにあるかもしれないけど
あれはただのスポーツであって娯楽だよ」
って言っているのは、平和ボケしている日本くらいじゃないかと思う。

平和ボケなんて言われて久しい。
近頃読んだ文献で、全然ジャンルは違うのに
『専守防衛を選ぶ日本の愚かさ』
について触れられていて、いろんなことを考える。


「サッカーなんて娯楽放映してないで選挙とか大事なことがもっとある」
なんて言葉もよく聞いたけど
百歩譲ってサッカーが娯楽だとしても娯楽だって必要だ。
というか、戦況なので報じて当然。

問題は、何故事実がきちんと報道されないのか
偏らずに報じられないのか
国民が何故メディアを鵜呑みにするのか
というところ。

平和ボケしているからかもしらん。
素直で気の長い農耕民族だからかもしらん。

でも、危機感を持たないのは何故(なにゆえ)だろう。

戦いを忘れた日本国民は、
サッカーで国の威信を守ることも
種牛を守って国の財産を守ることも
投票する権利を行使することも
そうやって戦うことまで、忘れてしまったのだろうか。

       *

サッカーが娯楽と言い捨てられた話を相方としていて
愛国心の問題に発展したのだけれど
日本という国を愛し政治に興味を持つとしても
あの人は自分の生活に根差した現時点以降の日本を語るが
俺たちの愛国心は歴史を重要視しているから
その時点で愛国心の方向性が違うと言われ
妙に納得した。

同じように選挙に関心を持ち、口蹄疫や基地問題などに
憂いや憤りを覚えても
仕分けや子供手当に苛立ちを感じても
根底にあるものが違うわけだ。

別段、それが悪いとか、どっちがいい悪いとは全く思わない。
両方大事だと思うのだけど。

たとえば選挙権にしたって、どういう歴史を経て得ることになったかなんて考えたら
「雨だから投票いかない♪」なんて言えないと思うんだけど。
…そうでもないのかな。

自分は某城の広間に見学に行った時
当時この位置まで入って良いのは何万石以上
この位置はどれくらい、門の前はどれくらい
なんて説明を受けて、そんなところにただの平民の自分が座っていいものかと
申し訳なく思ったことがあるんだけど。

そういう階級的な話をすると、『平和主義』の人に「平等!」と叫ばれるけど
士農工商って教科書にあるようなものではないと思う。
武士は権力があったが、その分それを行使して農工商を守る義務もあったわけ。

東のエデンで有名になった、ノブレス・オブリージュ。
持てる者の義務ってやつ。

       ***

絶対に実現出来ないと分かっている夢があって
それでも諦めきれない夢で
抱えて憤りを覚えて
憧れて庭に竹を植え、剣術の稽古をする反面
正式に入門して剣術を学ぼうとはしなかった
若き日の土方さんの気持ちが、自分にはよくわかる気がする。

歴史じゃなければ、グラスハートの土岐さんとか。
自分が漫画家になる前の間、違う入れ物に入れられているような不快を感じながら生きてきたっていうやつ。

自分の居場所はここじゃない。それはわかってる。
守りたいものがなにか。それもわかってる。
どうやって守ればいいのか。それもわかっているつもりなのに
ただそれだけのことが、実現出来ないのは何故なのだろう。

自分がしたいことはこんなことじゃない。
この国をなんとかしなければならない。
それが分かっていて、日々の生活の為に働くしかない。
家族を守ることも紛れもない自分の仕事だから。
あくせく働いて合間に時々剣を振ったって。
本当にこんなことで守れるのだろうか。

それでも今日も働くしかない。

薬を売りながら剣の腕を上げる方法を土方さんは考え付いたけれど
ならば私には何が出来るのだろう。

もどかしい。

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2010.06.30 Wed

中学生の時、大好きだったバンドが解散した。
発表されたのは夜中のラジオで、
私はその日に限って録音だけして眠ってしまった。
翌日、親友に電話をした。
何も知らずにいつも通り楽しげに、午後の待ち合わせについて
同じバンドが好きだった彼女と話してしまった。
後から彼女には、
「あぁ、ラジオ聞いてないんだなって思ったよ」
と言われた。
知らなかったとは言え、私は落ち込んでいる親友の傷を、あの電話で抉ってしまったのだ。
同じ気持ちで過ごしていると信じていただろう私が
明るい声で電話をかけてしまったことで。

今でも忘れられないでいる。

そして彼女と一緒にラジオを聞いた。
ふたりで延々と泣いた。

あのラジオのエアチェックテープは、未だに持っている。
けれど、彼女と聞いて以来、一度も聞いていない。

       *

「仲が悪かったから」「**のせいで解散した」
なんて言葉は聞きたくもなかったし
同じような真剣さで落ち込んでいる人を見ると
それはそれで引き摺られてより落ち込んでしまうし
そのバンドに関して様々な人が様々なことを言うのを
目にしたくなかったし、耳にしたくなかった。


今年のワールドカップの、昨日の日本戦。
今、久し振りにあの時と同じ気持ちだ。
心無い中傷は勿論、俄かの騒ぎたいだけのファン気取りの
「よくやった」「感動した」なんて言葉は聞きたくない。
傷口に塩を塗るようなインタビューや、
似非評論家の批評なんて目にしたくない。

笑顔で「残念だったねー」と話しかけてくるくらいなら
黙っていて欲しい。
興味が無いのなら、いっそ観ないで欲しい。

       ***

自分でサッカーをしたことがない私でも。
たとえば、絆は表裏合計15分弱の短い戦い。
それでも集中して戦えば息はあがる。
たとえば、歩いて走ってを繰り返す適当なランニングでも
45分も続けていれば汗が吹き出し
体内の塩分が足りなくなるのが自覚出来る程になる。

それが、45分×2、更に延長15分×2だ。
想像すればいい。人間なのだから。
しかも、アウェイで、世界の舞台で。
120分も走り回り神経を磨り減らし
攻防で肉体的にももうぼろぼろで、そこからの
息も詰まるPK戦。

プロだから? 入れて当然?
止めて当然?
馬鹿を言うなと思う。

きっかけはなんでもいい。
ここから真剣なサポーターになるも良し。
でも、やったこともない人が批判するのは可笑しい。
そして分かっている人は、尚更に
とても選手たちを批判できないだろう。

勝負なのだ。結果が全てだ。
選手たちは当然、勝つ為にやっている。
感動したなんて言えない。

感動したという言葉が安っぽく
惜敗という言葉が手垢がついて感じるほどの
試合内容だった。素晴らしかったと思う。
だからこそ納得がいかない。
何故勝てなかったのか。
本人たちが一番納得いっていないだろう。
そう思えば、私はかける言葉を持てなかった。
ただ、泣くしかなかった。
感動なのか、悔し涙なのか、貰い泣きなのか
色々なものが混じった自分でも説明のつかない涙。

観戦してあんなにぼろぼろ泣いたのは、昨日が初めてだ。

試合後のインタビュー。
どんな心情であれ選手が応えているのだから
見てあげなくては申し訳ないと思ったのだけど
相方に不愉快だとテレビを消されてしまいました。
本当にあのインタビューは不愉快だった。
サムライと煽てるなら、武士の情けってもんはないのだろうか。
試合後の疲れているところ
しかも負けた試合の後のインタビューだなんて。

今日になって、TBSが駒野選手のお母さんにインタビューして
謝罪させたという話を聞いた。
本当に最低。マスコミとしてというより、人としておかしい。
取り敢えず、TBSとBPOに問い合わせはしたけれど。

       ***

初めて相方不在の観戦で生きた心地がしなかったけれど
アドパでみんなと観戦出来て
相方も頑張って早く帰ってきて延長戦には間に合ったので
とても助かりました。

傲慢だとか生意気だとか
悪役になってでも正しいと思う道を進んで
夢の実現に向けて前を見ている。
私が好きになる人は、いつだって変わらないのだと。
改めて思った。

勝たせてあげたかった。
もっと見ていたかった。

ありがとうとかお疲れ様とか
そんな私の言葉じゃうまく伝えられない気がするから
ネット等で見かけたみんなの言葉を
以下にメモ代わりに書いておきます。


駒野のせいだと思ってるのはたぶん世界中で駒野だけなんだよなあ…だからつらい。

どれだけ慰められたって、彼は一生悔しいだろう。
だから俺は言葉を失う。
彼がどこかでこの悔しさを、
別のかたちで晴らすことができますように。

あの修羅場、経験のなさの中、
1本しか外さなかったのは、絶対に明日に繋がる。

やることは全部やったと言える試合でした。
負けは負けです。
けど8年前の負けより胸を張って誇れる決勝トーナメントでした。
扉は開いていました。

スペインもポルトガルも、日本とやりたかったと思う。

世界は、日本のベスト8を見たかったはずだ。
たとえぼろぼろに負けようとも
強豪の中でどれだけの戦いぶりを見せるかを見たかったはずだ。
それほどのインパクトを、日本は予選とトーナメント一戦目で世界に与えた。


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2010.06.20 Sun

目的地は最寄の赤い男爵様ですよ。
えぇ勿論、馬を手に入れる為に!!

前に別の店舗に見に来たときは、
教習所に通いだしたばかりだったし
こんなの見る資格はない、ただのお上りさんじゃない、
と、店内を一周してすごすご帰ったのですが
今回は資格はちゃんとある!

「ここにあるのどれでも乗れるんだ!(※大型除く)」

と思うと、興奮と感動で涙ぐみそうに。(笑)

お兄さんが「何かお探しですか」と訊いてくれたので
「SRありますか」
「昨日1台売れちゃって、今1台しかないですが…」
と案内してくれたのが、2004年モデルの黒。
前のオーナーさんがこかしていて、左側に擦り傷や
へこみがあるんだけど
言いたかないしやりたかないけど
きっと自分でもっと酷くこかすと思うので…
全然気にならない。(・ω・`)

「これください」

と言いたい気持ちを抑えて、取り敢えずお兄さんの話を聞く。
予算教えてもらえたら全国の店舗から探して取寄せますよ、とか
SR狙ってるならこれとか、これとかもいいですよ、とか
キックスタート練習してみます? とか
で、5,6回やらせてもらったけどサパーリかからん。(`・ω・´)

でも…でも…
この子しか考えられないんです。
この子をおうちに連れて帰りたいんです。

「これください」

お兄さんもびっくりの即決ぶりでその場で契約。
予算の半分くらいで済んでしまったので

「現金一括払いで」

と言いまたもびっくりされつつ
とりま来週の日曜日引き渡しで契約しました。

うひゃー。これでうちの子だよマイハニー。(・ω・*)

なんかお客さんがうちの子を見ていたけど

「それうちの子なんで触らないでくださいっ(・ω・´)」

と言いたいテンション。(苦笑)
あーもう、心配で心配で、早く引き取りたくて仕方ないゆ。

書類を貰って最後にハニーに暫しの別れを告げていると
担当してくれたのとは別のお兄さんがやってきて
「SRですか、渋いですね!」
とうちの相方さんに話しかけ。相方が
「あ、買うのは彼女なんですけどね」
と言ったらとってもびっくりされますた。

あー。ちゃんと丁寧に可愛がってあげられるのかしら。
ちゃんと懐いて貰えるのかしら。

色々不安ではありますが
取り敢えずまず、自分で平日休みはもう厳しいので
相方さんに仕事前に住民票を取りに行って貰って、
それ次第では最速火曜日、遅くとも日曜日には
うちに引き取ってこられそうです。

楽しみ過ぎる。

あ、ところでSRに跨らせて貰ったら、
初めて両足が同時に着きました!!(快挙)
両足が着くって素晴らしい♪


それにしても、人に一目惚れしたことは一度もないけど
事こういう局面ではよく一目惚れするし
直観を大事にするなぁ、我ながら。

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2010.06.18 Fri
今日はお仕事をお休みして、はるばる鴻巣の
免許センターまでおでかけです。

本当は日曜日休日出勤予定だったんで
振替休日を前倒しで今日貰おうと思ってたら
急遽「日曜人足りてるからこなくていいよ♪」
嬉しいけど嬉しくないっ。
てことは振替で仕方なくじゃなくて
私用で申し訳ないけど休ませて頂きますになるやないの。
しかも有休一日減っちゃうし。

でもまぁ予定は予定、お休み決行。

池袋で湘南新宿ラインに乗り換え。
実は乗るの初めて。この界隈に住んでいた頃
湘南新宿ラインってまだ出来てなかったんだもの。
北上して、赤羽を通過。
学生時代東十条に住んでいて、
赤羽に自転車でスーパーや図書館へ来ていたので
とても懐かしい。
降りたいとこですが、我慢我慢。

更に大宮を通過。
初めて一人暮らししたのが東大宮なのよね。
車の免許を取ろうと教習所に通ったのもこの頃。
うーん。懐かしす。

で、鴻巣駅に到着。
てくてく歩いて免許センター到着。
ほんといつもいつも埼玉の免許センターは
視力検査超適当だなぁ。
あと、全体的に態度悪い人多いし
交通安全協会のおじさん訛り過ぎてて何言ってるかわからん。(-ω-;)
「入会の協力お願いします」って割にはほぼ強制って感じだし。
なんかでも今回は、そうでもなかった。
少しは改善されたみたいだ。

70人ほどいて、女子は私を含め2人くらいしかおらず。
少ないなぁ。
13時過ぎに到着して、免許貰ったのが16時前。

改めて免許を見直してみると、MTの免許取ったのが
平成11年の8月なのね。
10年前だ。

なんかこぅ、色々感慨深いものがあります。

車好きではりきってMTで取ったはいいけど
周囲に大反対されて車を買えず
そのまま運転する機会も減ってペーパードライバーになって
ここまで来てしまって、物凄く後悔してます。
やっぱりあの時、車買えば良かったなと。

あの二の舞にならないように、今回は
即バイクを手に入れて、がんがん乗りまわして技術向上して
あちこち出掛けたいなぁと思うのです。


帰りは雨も凄かったので、バス使いました。
で、朝から何も食べてないしと駅ビルに立ち寄り。
こんなの10年前はなかったよね…。
やっぱそりゃ色々変わるわよねぇ。

お店をあちこち覗いて、靴屋さんでレインシューズが置いてあって
ちと高めだけど中々可愛いのがあったので購入。

更に本屋さんに立ち寄って、文庫本購入。

サンマルクカフェによって、ウィンナーのクロワッサンと
ロールケーキとカフェオレでひとやすみ。
クロワッサン大好き。
生クリーム大好き。
降る雨をぼんやり眺めつつ、本を読みつつ。
中々素敵な休日。

10年前の失敗と後悔を、違う形でやり直す為に
第一歩を踏み出して、ついにそれが法的に認められた
記念すべき今日。
忘れないでおこう…。

それにしても、意図したわけじゃないけど
やっぱり私になんらかの関係のある日付って
8か9がついていることが多いなぁ。
今日も18日だし。


さて、お腹も満たされたし、長靴に履きかえたし
本の続きを読みながら帰ることに。
本当は大宮か赤羽で降りたい気もしたけど
雨だし、暗くなってきたしなぁと諦める。

バイクを手に入れたら、いつだって来られるさ。(・ω・´)

もしこの先大型の免許を埼玉で取るにしても
はるばる電車で来て、駅からてくてく歩くことはないのだ。

バイクがあるからね。(・ω・´)

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2010.06.17 Thu

ある作家さんのブログを読んでいて
”サッカーもはやぶさも自分は俄か知識しかないが
同じ国土に育ったものとして応援している”
という趣旨の言葉がありました。

そうなんだよなぁ。同じ濃さである必要はないけれど、
こういうことなんだけども。

当たり前のはずなのに。
『個』を重んじる近代の教育方針のお蔭なのか
はたまた昔からいたけど最近よく出会うのか
自分の住んでいる国のことに興味の無い人って増えてしまったなぁ。
嘆かわしいことです。
自分の立っている場所のことがよくわからないなんて。

       ***

で。そのブログで知ったんですが、ミネルバ。
はやぶさに積まれていた探査ロボットです。

2005年11月。はやぶさから投下されましたが、うまくイトカ
ワに投下出来ず
分離後回転しながら放出されていく過程で
はやぶさとの通信が継続された18時間の間多くの写真を撮影、画像を転送しました。

ミネルバには、不要な画像データを自動消去する機能がついていたそうで
殆どの画像データは消されて転送されたようです。

ミネルバが転送した、『必要』と判断した画像。
それは、ここまで3年ほどの時と苦難を共にしたはやぶさの姿でした。

       *

そりゃあね。たまたまですよ。
たまたまなんか映ったから、人工物っぽいから
必要と判断して転送しただけでしょって言ったらそりゃそうですよ。

でもさ。
それだけじゃないと思うんだ。

言葉にしたら最早手垢のついた表現に聞こえてしまうけどさ。

運命ってやつ。
必然ってやつ。

だと思うのよね。

       ***

とりまUstでもニコ生でも生中継見られたことは嬉しいし
W杯の放映権持ってたらそれ潰して生中継は出来ないのもわからんこたない。
と思ってたんだけど、マイミクさんの日記を見て
ニュース速報くらい出しても罰あたらんのになと激しく思った。

事業仕分を考え直すのは結構だけれど
人気だからが理由なら、元々大して知識もなく否定したのだと自白しているようなものよね。
もっと本質を見極めて欲しい。
政治家も国民もね。

       ***

アフガニスタンで拉致されていた常岡さんの無事が
確認されたそうです。
http://bit.ly/a4GMIC

私が異国の地で誘拐されて
やっと母国の人と会話出来る時に
同じ事を言えるだろうか。
残念ながら自信が無い。

早期解放を祈ります。



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2010.06.14 Mon

帰還という単語を初めて知ったのは、多分『指輪物語』の『王の帰還』。
あの、体の底から湧き上がる歓声。喜び。
あのイメージ。

今朝になってテレビのニュースで、『はやぶさ帰還』の報道を見た。

帰還という言葉が引っ掛かる。
遠くから戻っては来たけど、カプセルを届けてはやぶさは燃え尽きてし
まったのに。
それは帰還なのかな?

それこそライカ犬とか生命体が乗っているわけでもないのに
感傷的になるのも可笑しいかもしれないけど
故郷を目前にいなくなっちゃうのに
お帰りってのは可笑しくないのかな。


テレビでは昨日NHKでちょっぴりやっていたくらいだったのかな?
ネットではUstream、ニコ生、公式サイトなどで中継がされてい
た。
私はtwitterで見たのだけど、白く輝く地球の写真。
通信が途中で途絶えた為、下部は灰色になっている。

イトカワ撮影後、省エネの為にカメラ関係の電源は切っていたそうだ。
うまく機動するかも分からない。
そのままの姿勢では地球側にカメラは向いていない。

それでも研究者たちは決意した。
カメラを機動し、残りのエネルギーを使ってはやぶさの態勢を変えさせて
地球の方を向かせて撮影に挑んだ。

理由は
「最後に故郷の地球の姿を見せてあげたかったから」

はやぶさは6枚程写真を写し、
殆どは真っ黒だったけれど
最後の、最期の一枚に地球が映っていたのだそうだ。


なんたる浪漫。そして愛情。
ほしのこえのノイズ混じりのメール並の切ない写真。

感動せずにはいられない。

そして、『親』が覚悟して送り出し
愛情をかけ、そして迎えたのだからと思うと
やっと言っても良いのだという気になった。
「おかえりなさい」
と。


はやぶさが持ち帰ってくれたカプセルは今日回収予定とのこと。
無事回収出来るのを楽しみにしていようと思います。


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2010.06.08 Tue
天にまします我らの父よ
願わくは
み名をあがめさせたまえ
み国を来たらせたまえ
み心の天に成る如く地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり
アーメン

       ***

中学に入って、聖書の授業で最初に出された宿題が、
主の祈りを暗記してくることだった。
未だにそらで言える。

英語演劇部的なものに所属していた私。
公演の前の緊張を解すために
「私たちらしく主なるイエスにお祈りでもしようか」
と先輩が冗談で言って、みんなで手を組んで目を閉じて
主の祈りをしたことがある。

お祈りで落ち着くような敬虔な信徒ではなかったけれど
何故か今でもみんなでお祈りしたあの時間
講堂の裏の廊下
舞台を広げる為に避けてこっちに運び込んだ長椅子
窓から差し込む光が映し出す埃の粒まで
鮮明に思い出せる。

そのせいか、今でも時々冗談半分に
緊張したときに主の祈りを諳んじることがある。
半分冗談で、半分真剣に。

先生たちは、洗礼を受けろなんて言わなかったけど
聖書は卒業してからも大事にしておいて
ふとしたときに開くと、答えが載っていることがあるから
と言ってくれた。

これは宗教に限らず、なにげない日々の中で
良く起きることなのだと、段々思うようになってきた。
ハチクロでも、悩んでいるあゆ(陶芸科の学生さん)に先
生が
手を動かせ、100枚目の皿に答えがのっていることもある
って言っていたことがあったけど。

答えは、実はいつだってちゃんと近くにいる。


遺伝子に生まれてから死ぬまでの計画が書かれていると

全世界の人間の運命が書かれた葉があるとか
そういったこととは別にしても
人生は偶然ではなく必然で出来ていると思う。

悩んで後悔することなんて、日々山の様にあるけれど
後悔することも答えを見つけるタイミングも
全部が必然なのじゃないかなと思う。
振り返ってみれば、あのときの回り道が
今役に立っている、ということは結構あるのだ。

だから、時々振り返っても、立ち止まっても、
歩くのをやめたくはないと思う。

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2010.06.08 Tue

私の故郷はどこかと問われると、少し回答に困る。
でも、多感な時期を過ごした北の港町が
妥当なのではないかと思う。

私は、あの町が嫌いだった。
過去形で言うには正確ではない。
現在進行形で、あの町のことは嫌いだ。
しかしそれは、けしてあの町並みが嫌いなのではない。

過日読んだ本に、あの町を表現するこんな言葉があった。

『でもあそこは、ローマと同じさ。
遠くから見た分には、美しいけれど、住むには活力がなさすぎる。
ふらっと旅行しに来るにはいいけれど、そこで暮らす街としては魅力はないな』

ローマのことはよく分からないが
この表現には頷ける。
とても美しい町だ。
が、住んでしまうと色褪せる。
一口に言うなら、権力者が己の利益だけを考えて
貪るだけの町だから。

元からあるものを大切に展示するのでなく
ぶち壊して趣味の悪い博物館を作ってしまったり
200年近い歴史のある建物を
反対されないよう市民に内密で壊したり
CMでもよく使われる景色の良い場所にあるビルを
ショッキングピンクで塗ってしまったり

先日も、何故か坂の上に自由の女神像を作ったらしい。
これは市がではなくて、そこの建物の経営者が
勝手に作ったもののようだ。
正直、お台場の自由の女神だってどうかと思うのに
歴史ある観光都市の石畳の坂道の上に
しょぼい張りぼての女神像は尚いただけない。

市民や旅行客からクレームは寄せられているらしいが
今のところ所有者も市も動いていない様子。


センスがダサいことは置いておくとしても
何故こうした景観を壊すようなことをしてしまうのか。
若しくは、それを許してしまうのか。

自分たちの住む町の歴史を知らないからだと思う。

歴史を知っていれば、誇りももてるし
如何に大切にすべき財産か理解していれば
当然もっと大切にするはずだと思う。

同じように歴史を積み重ねていたはずなのに
たとえば京都などとは自覚に雲泥の差がある。

町の歴史を、小学校の社会科の授業で
2時間ほど別冊を使用して学んだ覚えはあるものの
正直言って大した内容ではなかった。
大火が二度も起きた、戦争時空襲にあった、
どこそこに防空壕があった、など
”辛かった””大変だった”という記憶しか残っていない。

大人になってから自分で調べるようになり
こんなにも誇らしい歴史の数々を経て
あの町があると知り嬉しくも悲しくもなった。
先人たちに、なんと恥ずかしい町になりさがったことか。

あんな壮大な歴史を経ているなら
もっと栄えた誇り高い城下町になっていても
可笑しくは無かったはずなのに。

金銭的な価値があるとか
ドラマで出てきたから
という上っ面な歴史ではなく
あの町に根差す歴史をきちんと学ぶことで
郷土愛も育ち、町の運営も市民の生活も
変わっていくのではないか、などと考える。

いつかあの町を、『行きたい』に止まらず
『住みたい』魅力のある町に再興できたなら。
それに自分が微力ながらも尽力できたなら
多少なりとも恩返しになるのでは、とも、思う。

       *

母校は広いキャンパスがあった。
あそこに通った6年間は、あの町での数少ない
良い思い出のひとつだ。

桜やクロッカス、紅葉、クリスマスツリー。
四季折々に美しく、近所の幼稚園児が遠足に来るほどだった。

治安の悪化から、自分たちの在校時から
文化祭もチケット制に変更されセキュリティが強化されており
現在では流石に校門を開け放して誰でも自由に出入りできる
とはいかないようである。

ただそれでも、歴史ある建物を見学したい
庭の花を愛でたいといった理由があれば
卒業生でもない無関係の人でも
校門で帳簿に名前等を記入すれば、入ることが出来るのだそうだ。

今時、花が見たいだけの理由で
名前を書くだけで女子校に入れてもらえるなんですごい
とても有難いことだ
と、知人から言われた。

セキュリティとしては、甘いだろう。
何かあれば問題にされるかもしれない。

しかしそれでも、美しいものを望む誰にでも見て欲しい
という我が母校の対応を誇らしく思う。
そして、いつまでもそのままでいて欲しいと思う。

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2010.06.04 Fri

お芝居を見た。
帰り道、電車が止まってしまってある駅から動けなくなる。
ノートも持ってきていなくて仕事も出来ないから
鞄に入れていた文庫本を読みきる。
終電で帰宅したら、大好きな小説シリーズの特製冊子が

届いていた。
短編が3本。夢中になって読む。

胸がいっぱいになった。

感動で満たされるのは、お腹がいっぱいになるのとちょっ

と似ている。
もうおなかいっぱい。これ以上入らない。

透明な金魚鉢に水が満たされているみたいに。
胸と頭の中がいっぱいになって、もったいなくて
こぼしたくないからじっとしている。
重たくて、疲れてしまうけれど、とても幸せな気持ち。

”あしたからの夢の続きが薫る”

明日になれば、今日摂った夢たちは私の血肉になり
新しい夢の続きを見る糧になる。

しあわせ。

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2010.05.27 Thu

努力はその時の情勢に必要な効力を生んで
初めて努力として認められる。
努力したが結果は駄目だったでは、
努力したことにはならない。
(本田宗一郎)

(;゜0゜)

私は未だかつて努力をしてきたことがあるんだろう
か。(・ω・`)ショボーン

名言集に朝から打ちのめされますた。orz


因みに、この一個前の名言は石川啄木の

我々が書斎の窓からのぞいたり、頬づえをついて考えたりするよりも、
人生というのはもっと広く、もっと深く、もっと複雑で、
そしてもっと融通のきくものである。

だった。
おまえはなwww

いや好きですけどね、啄木。
作家としては。
学校で学ぶ分にはまともな人だったイメージが多いですが
実際は結構はちゃめちゃやりたい放題な方です。

私にも誰か援助して欲しいわー。(笑)
啄木みたいな文才ないから駄目か。

       ***

ふとしたことがきっかけで、バンコクの女の子とツイッター友達になったんです。
日本語勉強中なんだって。
で、英語と平仮名まぜこぜでやり取りをしていたんだけど
私ももちっと頑張ろうよ、と思い
辞書と首っ引きでタイ語を入れて返信してみたんですよ。
そしたら
『タイ語分かるの? 嬉しい?』
とレスが。

いやいやいや、その一行読み解くにも必死な程度しか
分からんよ。(>д<)

でもなんかそれから彼女の私へのテンションがやはりちょっと上がって
私は私でやはり楽しい。

やっぱ言葉って文化だから。

三ヶ国の言葉を混ぜてやり取りしてます。

仲良くしていけるといいなぁ。

       *

モンハンプレイヤーの中で
『何を狩るかじゃない。誰と狩るかだ』
って言葉があって、物凄く名言だと思うんです。
人生も同じだよなーなんて、思ってみる。

誰と会ってどんな言葉を交わし、どう生きるか。

だからこそ、出会うことは嬉しいし、知らない事を知る事はとても楽しい。

だから、ね。
定期postみたくなってるけど
マイミクさんたちには感謝してます。
すっごいカッコいい人ばかりなんだもん。
幸せだ。
希くば、類友だから、であって欲しい。
精進せねば。

それにしても殆どのマイミクさんが
ゲームやアニメ、漫画きっかけってどうよ、私。(笑)
大部分が絆とモンハン。
あと、ジブリ、ハチクロとか。


最近またアニメ見なくなったな。

あ、こないだやっと東のエデン2見に行って、
テレビでやめておきゃ名作だったのにねぇ、としょんぼりしました。

ラノべも最近開拓してないな。

ゲームはテラで息詰まってたキンハーBbS再開してテラ終えてヴェン。
ステイッチ可愛い!
ザックス恰好良い!

あのBGM聞くと、クライシスコアがやりたくなってしまう。(笑)

FFと言えば、アーカイブで9配信されだしましたね。
私は9はブランクが好きなので…。(笑)
ダガー嫌い。つか脚本が。世界観は好きだったけど。

6配信してくれないかなー。
まぁやらないだろうけど。
6は名作過ぎる。
けどPS引っ張り出してやるのは色々厳しいんだもの。

断固ロック×セリス派です。(・ω・´)


あほなこと言ってないで仕事してきますー。
ちゃんと努力をしなければ。

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2010.05.22 Sat

あんまりしつこく書いても
興味ある人は自分で調べてはるやろし
興味ない人は読んじゃいないだろうし
だから書くのそろそろ控えようって思ったんだけど

また口蹄疫の話。

コミュニティ『宮崎mixi[祈願]口蹄疫撲滅』
のトピで
【非常事態】口蹄疫問題【拡散希望】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=52954006&comment_count=555&comm_id=129406
ってのがあり。

まとまってると思うのでおすすめしておく。
mixiネームをこう変えてみて、とか
タオルのほかこんなものが必要って情報も載ってる。


リンクの中に、ネットショップでの奇跡ってのがあって
口蹄疫関連の話で久し振りに、悲しさや怒りじゃなく
嬉しくて泣いた。

関西人の誇りだ。

JR福知山線脱線事故の時も思ったんだけど
やっぱり阪神大震災の経験がでかいんだと思う。
実際、事故の時現場最寄の企業が率先して救助にあたってて
ぱっと手が出せたのは震災の経験かも、って
インタビューで答えてたし
大阪人のうちの相方も、同じこと言ってた。
「震災の経験があるからな」
って。


報道されて知られてきたからか、段々
動き出す企業も出てき始めた。

●ソフトバンク携帯
http://bit.ly/cZ8I
チャリティダイヤルに電話&デジコン購入で寄付できます。

●yahooインターネット募金
PC版: http://bit.ly/bgF5Uz
モバイル版:http://bit.ly/cAWJQr
デジコン購入、yahooポイントで寄付可。

●Tサイト
http://tsite.jp/donation/index.pl?xpg=PCTC0202&bokin_id=45
Tポイントで寄付可能。

他にもあるかもだけど、とりま載せとく。
現金じゃないからハードル低いんじゃないかな?


前にも言ったけど、私は所謂動物愛護団体で活動してて
まぁだから、その観点でもこの問題には心を痛めてもいるんだけど
そこのボランティア会員の区分で
アクティブ・非アクティブってのがあってね。

アクティブは、実際行動を起こす人。
動物を守りに体動かす人。保護したり抗議したり。
で、そこまではちょっとって人でもいいんですよって。
知って、拡散して、とかでも十分活動なんですよって。

実際宮崎には行けなくても
事実を知って拡散するのだって無駄じゃないはず。


教習所でさ、危険予測とかやるじゃないよ。
なんか、あれと同じかなって。
震災があったから、団結力があるってのも似た感じで。
知らないでいるより知ってた方がいいけど
知ってても何も出来ないのが歯がゆいけど

知らないで進むより
知ってたり予測できたりで進んだほうが
何かあったとき対応できる確率があがるじゃない。


現地ではていっぱいで出来ないような
それこそ、今国が宮崎に押し付けようとしていることとか
騒ぎに乗じて通したい法案のやばさとか
そういうところを見ることも
『アクティブ』でないからこそ出来ることがある。


ツイッターで「ソフトバンクでやらないんですか」
と言われて「やりましょう」と答え、一時間もしないうちに
「出来ました」と言い
「頑張ってください」と東国原知事にツイートしていた孫さんにも
感動した。

あれ? ソフトバンク嫌いだったはずなのにw
最近すげぇっって思うことが多い。


宮崎の農家の方への中傷もあるらしいし
報道や政治家への怒りと自分への悔しさもあって
も、日本駄目だわ。終わったわって思うけど
ネットショップの話にしても、
マイミクさんたちにしても、
カッコイイ人たちを見ると
何度も書いてるけど
「良かった、こっち側の人間もまだたくさんいる。
まだ大丈夫だ」
って思える。

まだ捨てたもんじゃない。
シャアとアムロの鬩ぎ合いじゃないけど
やっぱきっとまだいける。光はある。


取り敢えずYAHOOポイントとTポイントは
残高全部ぶちこんできた。
まだ揃えないとならんものがあるので、ECで買うなら
yahooで探してそれも寄付に回すつもり。


よし、今日もまた頑張れる。

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2010.05.20 Thu
我が子が病気にかかってしまった。
苦しむ子供になにもしてやれない。
どころか、「他の子にうつさないように殺せ」と言われる。
殺される日までは、苦しむ子供にご飯を食べさせるだけで治してやれない。

その隣家で、いつうちの子も病気になるかと脅えながら
1ヶ月もの間一生懸命予防につとめたのに
「発生圏内だから殺せ」と言われる。

「殺したらひとりにつき慰謝料5万払うから」
でもどこからどう捻出して
いつどう払うかも分からないけど
いつか払うから。たぶん。
まぁ、出来るだけ早く殺してよ。


どんなホラーだよ。
ってことが、現実に起きている。

動物だからどうでもいいの?
でも凶悪殺人て、段々サイズアップしていくよね。
虫から鳥、犬猫、遂に人を殺す
取り返しがつかないところに進行するまで放っておいて
後から泣いてももう遅いのに。


鈍感な人は血を見るまで気付かない。
血が流れた時には悲劇はもう起きている。
でも三島先生。
最近じゃ血を見ても気付かないらしいんです。

だから宮沢先生。
世界全体が幸福であることなんて
ムリナンジャナイデスカ

       ***

関係無いことじゃない。
ジョン・レノンじゃないけれど
わからないなら、想像してみたらいい。

それが自分の大切なひとだったら
自分だったらどうするの?


それとも、想像力が無いのかな。

″想像力さえなければきっと
怖いものなんて無いも同じ″

想像力を捨ててしまったら
創造だって出来ないのに。
そうしたら人は、人ではなくなってしまう。

自分さえ良ければいい?
本当にひとりきりでなんて、生きていける訳がない。

だから神様は、楽園にひとをふたり作ったんだ。

でも神様、イブが林檎を食べたのは、本当に間違いだったんですか?
知識を得て考えソウゾウすることを知らなければ
人間は幸せだったのかな。

争いは起きないのかな。
争いだと認識できないだけだったりして。

神様、やっぱり自分より下の存在が
創造主に近付こうとするのは
不愉快ですか?
だから言いつけを破ったと制裁を加えたの?

だったら生殺しにしないで殺処分しちゃえば良かったのに
そうしなかったのは優しさですか。

それとも?


キリスト教は根幹が狩猟民族のものだから
興味深いとは思うけど
農耕民族にはあまり合っていない気がする。
動物は狩られ血肉になるもの。
しつけ使うもの。
万物に神が宿り共に生きようとする島国とは違う。


アイヌ神話に拠るなら
神様は私たちを見捨てたわけじゃない。
ちょっと余所見をしてるだけ。
あまりに沢山の場所に目を配らなくちゃならなくて
たまたま今こっちを見ていないだけ。

そりゃそうだ。
全知全能の神様だって、目はふたつしかない。手も二本しかない。


だから神様が振り返るまで
この目で見て
この手を使って
この足で踏ん張るしかない。


笑い祈り歌を歌うこと
描き物語り形作ること

人間に生まれたからには
ソウゾウすることを捨てたくない。


何も出来ないと泣いていても仕方ない。
自分の持ち場で、出来ることを。

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2010.05.18 Tue
米軍基地のニュースを頻繁に目にする。
それも大事かもしれないが、アメリカや軍事を槍玉にあげ
口蹄疫の原因や状況には触れない報道のやり方に
今の日本政府の外交意識も見えてくる気がするのだが…

       ***

前の日記と内容が結構かぶりますが。長文ですが。
努力したがこれ以上は端折れん!
ここまで読んだ誼で、面倒でも最後のURLだけでもクリックして読んで下さい。


米軍基地周辺を取り囲み、3分間手を繋ぐという抗議行動のニュースを見た。
申し訳ないけれど、私はこの手の活動には懐疑的。

「戦争が始まってほしいなんて思う訳が無い。
しかし、命令が出れば戦場へ行く。
それが俺の仕事だから」
とインタビューに答えていた米軍兵士がいた。
戦争反対を戦場で叫んでも仕方ないのだ。
戦場は残酷で当たり前。
国と国が戦争しているのに、人間の盾のおばさんが戦場でイラクで米軍兵士個人 に
「残酷だ! 最低だ!」と叫ぶのは、平和活動には思えなかった。

       *

学生の頃、銃を無くそうという署名の協力要請がきたことがあった。
しかし、せーので一斉に武器と言える武器をなくさなければ意味が無いとも思う。
銃がなくなってもナイフがある。
ナイフがなくなっても、極論傘や箸でも
やる気になれば爪や歯でも人を傷つけ殺すことは出来る。

火薬が爆弾にも花火にもなるように
ツール自体ではなく、扱う人間の問題。

なんの為に銃を所持し、構え、すぐさま撃つのではなく「freeze!」と言うのか。
簡単に言うなら抑止力だ。

我が国が誇る武士道もそうだ。
刀は人を殺すのに、なぜ『活人剣』という言葉があるのか。
物凄く乱暴に簡潔に言うなら、
剣の達人のスキルとオーラとネームバリューがあれば、無駄な戦いは生まれない。ということ。
挑まれなければ刀を抜くこともなく、相手も自分も無駄に死ぬこともない。

でも、『力』は必要なのだ。

米軍基地を国外に出すのはいいよ。その後、自分たちで身を守れるのか?
自衛隊は自衛するだけなんだけど。
訓練と実戦は違うんだけど。
事業仕分けの対象になったりもしてたんだけど。
訓練するにも防衛するにも、弾だってタダじゃないんだけど。

永世中立国のスイスはどうしているか。武装中立だ。
兵役がある。
期間が終了しても武器は持ち帰り、訓練は怠らない。

今の日本の『平和』は、自分たちの血を流したくないと言っているようにしか聞こえない。
流すならアメリカ人の血で。でも国内にはいてほしくない。

『力』を全て否定したら平和になるか。
そんな訳が無い。
力を否定して、平和を祈るのならそれも結構。
しかし血は流れる。覚悟はいる。
非武装中立は、平時は兎も角戦時には非現実的だと思う。
ガンジーは尊敬するが、私には無抵抗主義は無理だ。
結果大切な人たちを物理的に守れないなら、
私の中では武力に屈することと同義だから。

       *

結局のところ、幕末じゃないが日本は
武備中立、開国攘夷が妥当じゃないのだろうか。
個人的に兵役は必要と考える。
米軍を追いだすなら、まず国力を培ってからでないと危なくて仕方なくないか?
いざとなったら自衛隊が守ってくれる?
結局人任せ?
対象が米軍から自衛隊に変わるだけか?

それぞれのやり方があるから
国を守る為に銃を持つだけが方法じゃない。
が、守ること自体を放棄するのは卑怯じゃないんだろうか。


経験していないことは語るべきではないとまでは言わない。
なんの為に人に言語と想像力があるのかってことになるから。
ただ、百聞は一見に如かず、だとは思っている。
自分が体験してこそ『知っている』と言えるし
知らないことに意見するには一定の注意が必要。

自分が女だから、オバサンだから
自分に関係ないから「兵役いいと思う」
なんて言ってるんだったら最低な訳で
せめて自衛隊の一日体験でも行きたいなんて言い出すのは
その辺りの理由もあったりするわけなんだけど。

まぁこれは蛇足。

       ***

蛇足ついでに。
ジャンプ連載のONE PIECEって漫画があるんだけど。
その中に、出てくる海軍の英語表記がnavyじゃなくmarineなのよね。

navyって単語は意外に日本人には知られてないからかななんて思ってたんだけど、
設定上ひとつの国に属しているんじゃなく、世界政府直属で海上治安維持が目的だと。
軍隊より兵隊にしたくて海兵隊にしたのかな?

海軍って海戦のイメージが強いけど
実のところそうでもないんだよね。
まず他国に乗りつけるのは多くの場合海軍なわけで
たとえば硫黄島だと…
なんて言ってるときりがないからやめよう。

       ***

国は宮崎に1000億渡すと言い、今は100億と言い出し。一体本当に補償されるのか?
ただの噂かと思ったら、報道規制の末
本当に宮崎県の初動が悪かったという報道がなされるようになった。
この分じゃ、国が
「補償してやるから宮崎のせいで蔓延したことにしろ」
と東国原知事を脅したなんて話もガセじゃないかもしれん。

自衛隊を動かしたのも国じゃなく知事で
国は自衛隊を使うと非常時ぽくて国民が不安がると宮崎に派遣しなかった癖
その間の外遊とかに自衛隊機使い放題。

そんな今の日本政府が、有事に国民を守るんだろうか?
自分らの利益を優先している間に口蹄疫の殺処分対象は11万頭を超えた。11万頭だぞ。
病原菌が待ってくれないようにミサイルだって待っちゃくれない。

戦争が無いから平和だとは限らない。
やっぱり、戦争の対義語は平和じゃないと思う。


マイミクさんが振込先詳細等問い合わせてくれ
URL拡散の許可も貰ってくれました。

宮崎県庁情報ページ
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/nosei/chikusan/miyazakicow/h22kouteindex.html

他人事じゃない。
自分の国は、自分たちで守ろうよ。

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2010.05.17 Mon

嫌な夢を見た。
中途半端に寝るんじゃなかった。起きたままでいたら、こんな夢見ないで済んだのに。

夢占いでは、死や喪失の暗示など、碌なことの書かれていない内容。
別に占いなんか信じてやしないけど
自分の心理は出ると思っているし、
単にその夢の感触だけでも気持ち悪い。
久しぶりに嫌な汗をかいて目覚め、ばくばく言う心臓を押さえながら
自分が五体満足であることを確認し
それでも甦る感覚に気持ちが悪くなる。


内容は全く同じではないけれど似たような夢は過去に何度か見たことがある。
ただ、少しだけ違う点が気になり少しネットで調べてみる。
一箇所だけ、『それは打破を暗示する』と書いてあるサイトを見つけた。
キーワードはbreakなのだと。

breakには、和訳すると
壊す 裂く 終わらせる
などマイナスイメージの意味もあるが
打開する、一息つくなどの意味のある。
確かに、破という字に破壊という単語もあれば
打破、破魔なんて言葉もある。

そうだ。
夜明けも、英訳するならday breakじゃないか。


大好きなdaybreakという歌の歌詞を思い出した。


”目の前の壁にもあるはず ほら扉のない部屋はない
泣くのは早すぎる
そうだ 羽ばたけ”


四方を壁だと思い込んで頽れるのも
扉を見つけて外に出るのも
見あげて天井が無いことに気が付いて空に羽ばたくのも

きっと自分次第。

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2010.05.16 Sun
■「宮崎牛」種牛49頭、口蹄疫疑いで殺処分へ
(読売新聞 - 05月16日 06:12)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1209745&media_id=20

つい先程東国原知事のツイートを見て、辛い気持ちに。
現地ではどんな思いで皆さんおられることか。

以下
http://twitter.com/higashitiji
より抜粋。

大変なことになった。
とうとう、家畜改良事業団にまで広がった。最も恐れていたことである。
本日までの新たな確認は10例。殺処分対象は2045頭。
川南町と高鍋町。これまでの累計101例、殺処分対象82411頭。
今回、高鍋町の家畜改良事業団の発生は致命的である。
特に49頭の種雄牛、いわゆる種牛の殺処分に対しては、
生産者や関係各位の無念や悔しさはいかばかりか。
これらの種牛を造り育成するのに、どれだけの苦労や努力があったか。

何故こうなったのか。
本当にみんな、まず知って欲しい。
テレビなんかで報道されていることだけではなく
自分で調べて、そして考えてみて欲しい。

尤も、ニュース日記を書いたり読んだりしている人は
もう危機感があるからこそなのだろうし
釈迦に説法かもしれませんね。

関係ないじゃ済まされない。
ことは宮崎だけの問題でも、家畜業界だけの話でもない。
日本人が海外旅行だって行けなくなるかもよ?
日本という国の信用度の問題。
著しく国益が様々な意味で損なわれます。
というか、損なわれているんです。現に。


「宮崎の畜産を守る」署名運動
http://group.ja-miyazaki.jp/cgi-bin/news/SkinView.cgi?mode=1&cid=1&id=66&html=./detail01.html&link=1

宮崎県口蹄疫被害義援金
http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/fukushi/fukushi/shakai_fukushi/html00165.html

「バスタオルが足りない!」支援活動
http://omnmiyazaki.blog109.fc2.com/blog-entry-1695.html

募金に抵抗があるなら、タオルの支援などはどうでしょう?
現場で働いた方が使用されます。
使用したタオルも全て処分しなくてはいけないのです。

国はまったく動いてくれません。
動いているふりをした時だけマスコミに報道させています。
本来、署名を募らなければ国民を見捨て見殺しにしようとするなんて
おかしな話なのですが
署名を集めたところでどうなるかもわかりませんが
国民が真実を見据え、動くことが大切です。

最早今回の口蹄疫は人災です。

他にも個人で義捐金を募っている方など
様々な情報は、少し探せばたくさん出てきます。
見てみてください。

拍手

2010.05.11 Tue

普段あまりテレビを見ないので、そのせいかとも思ったけれど
確かにニュース番組を見てみても
口蹄疫についてのニュースを目にしない気がする。
やっと昨日あたりからぽつぽつ、赤松氏が今更宮崎を訪問したせいか
全額補償という一見聞こえの良いニュースを報道するようになった。

テレビを見ない人、テレビしか情報源の無い人にとって
今宮崎で、畜産業界で何が起きているかなんて全く知る由もないのだろう。
鳥インフルエンザなんかのときは大騒ぎになって風評被害まで出たけれど
だからそれを防ぐ為の報道規制、というのは建前らしい。
一説には、口蹄疫の原因が中国から仕入れた藁だから、という話もあるようだ。

更には、政府の不手際を隠す為にもっとおおごとになってから、
「現地の不手際で広がってしまった」
と報道させる予定だ、などという噂も見た。
単なるタチの悪い噂ならば、それで良いのだけれど。

       ***

江戸時代。
薩摩藩はパリ万博に出展した。
『日本薩摩琉球国太守政府』という名前で。
実はイギリスと相談の上決めたことで
思惑通り世界の国々は、日本はひとつの国ではなくて
『幕府』と『薩摩』の二国に分かれているのだと思ったそうだ。

長州藩では、攘夷を決行すると
異国船に大砲を打ち掛けていながら実は
秘密裏に外国に留学生を送っていた。
日本はこの先開国に動くだろうからと睨んでのことで
砲撃はある種のデモンストレーションだったのだとか。

       *

今読んでいる本が、会津の幕末史研究家と長州の幕末史研究家の
対談をまとめたもので中々に興味深い。
双方から見た歴史、それぞれの環境の違いからくる思想の差異などが、非常に面白い。
確かに、海に囲まれた町に育てば海防の重要性を感じるし
江戸藩邸に生まれ江戸でずっと暮らしていれば、幕府の膝元にいるという自負も生まれるだろう。

個人的に友達になるのなら、
絶対に裏切らないし頼みごとは断れない
純粋で真面目な会津が良いのかもしれないが
対談の中でも
「しかし松平容保(会津藩主)は政治をしなかった」
と書かれているように政治家としての強かさや小狡さが無く
将軍を救出に来た軍隊を、天皇が「帰らせろ」と仰るのでと帰らせてしまったり
無理矢理やらされた仕事に一区切りついて出した辞表を将軍に頼まれて撤回したりする。

政治家としての手腕は、薩長の方が、一枚も二枚も上手だったと言えるのだろう。

政治家は実直なばかりではやっていけないだろう。駆け引きは必要だ。
パフォーマンスで国民をうまく”騙す”ことも大切だ。
かと言って国益よりも自分や自分の周囲の利益を重んじるような人間ばかりでは、国が崩壊する。

今の日本に政治の出来る政治家は、一体どれくらいいるのだろう。
先を見据えて、益を考えて動いている人間がどれくらいいるのだろう。


当時と違って、今はネットが普及している。
個人が発信するツールのひとつとして、手軽な位置にあると言える。
ただそれにしても、使っている人は半数くらい、使いこなしている人なんてほんの一握りだろう。
ネットに抵抗がある人も、2chやtwitterなどに偏見がある人も多いだろうし
それは仕方ない部分もあると思う。

東国原知事のツイートや
地元の農家や農大のサイト
対応に追われているはずのポジションにいる政治家のブログ
などを見ていて、色々と考える。
メディアは全てを報道しているわけでも、正しいことばかりを報道しているわけでもない。

今は、報道されないこともネットを通して調べたり聞くことは出来る。

ただそれも、やろうとしなければ知れないままだ。


もし、全然知らないーという人は、ちょっと調べてみてください。
多分想像以上にひどいことになっているのがわかるはず。

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2010.05.05 Wed

この連休は、(と言っても私は飛び石連休でしたが)
仕事とか用事以外はどこにも出掛けていません。
その代わり、たまったDVDをかけながらたまった本を読んでます。

集中力がきれたら犬とお散歩へ。

もうすっかり、春を通り越して初夏って感じですね。
他県のナンバーの車が駐車場に複数台止まったお家から
楽しそうな声が聞こえてきたり
子供が道路でボール遊びをしていたり
町内会かなにかで小さなお祭りでもあるのか
サンダルにエプロンのお母さんと
「早く行こうよ」
「待って、一度おうち帰ってお財布持っていこうよ」
なんて話している女の子がいたり。

いいなぁ。
お祭りとかみんなで行きたいです。
ハチクロ的に。
勿論私は、ペットボトルの飲み物完備ではふはふ言っちゃう側ですがw


どの季節も本当にそれぞれに好きですが、夏が一番好きです。
自分が生まれた季節を好きになることが、統計的には多いらしいですね。
私は9月なので、秋じゃないかと思うんですが
まぁ生まれた場所も考え合わせると、残暑がきつかったから
夏と言えなくも無いのか?

なんだか、わくわくするんです。
桜の蕾が膨らんできたときとは、また違うわくわく感。

北海道では桜が咲き始めたところですが
さっき散歩で通ったお家の前では躑躅が綺麗でした。
芝桜も綺麗だった。
虫もたくさん起き出して
これからどんどんあったかくなっていくんだな。

桜が散って、寂しくなって
でも葉桜を見て、その綺麗さにまた嬉しくなって
段々あがっていく気温に、胸が躍る。

また夏がくるんだ。


       *


さて、晩御飯でも作るかー。
すっかり曜日感覚も時間感覚もおかしくなってる。(´・ω・`)
明日は仕事だ。
図書館に読んだ本返しに行こっと。

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2010.05.01 Sat

クランクもまともに通れないまま、みきわめ…。
本当にいいんでしょうか。

休みの日の10:30からの教習はいつもすいてるんだけど
送迎バスほぼ満席。
長期休暇中にとっちゃおうって感じなのかな。
殆ど車の人でしたけど。

免許を提出して、いざみきわめ。
とりまコース自主練しといてーって言われて
ぐるぐる回るわけなんだけど
コース上も混んでいて、練習より前の車や二輪が
進むのを待って停車している時間の方が多かった。
しかもクランク足ついてまうし。
スラロームコーンひっかけてまうし。

コースぐるぐるした後
「じゃあ残りの時間はクランクとスラロームの練習にしましょう」
って言われて、こりゃ落ちたなって思って
まぁでもその方が良いやって思って
そのふたつをぐるぐる…。

で、教習が終わったら
「じゃあ次から二段階なので、フロントに手続きして帰ってね」

え?!
進んでいいんですか? 二段階。

よっぽど、
いいんですか?
てゆーか落として下さい
って言おうかと思ったけど、やめました。


春休みに普通&大型一気に一カ月ちょいで取ったという
マイミクさんに報告したら
「なんだかんだ合格出来たってことは
ちゃんと基本が出来てたんですよ~。
二段階で小回りやバランスやっていくから
その頃にはクランクとかへっちゃらになってますから大丈夫♪」
と励ましてくれてありがい。。。

うー。でも、なんかいまのところ出来そうな気がしない。(苦笑)

2時間目にあたった人と同じ教官で
その頃の私は怖くてスピード出せなかったんだけど
40km出しても平気になったし
バイク傾けても平気になったよ!
って内心思ってたんだけど、教官には
「普通車免許持ってるだけあって安全確認は良いんだけど
もうちょっと元気良く走ろうかー」
ってまた言われちゃいました。orz

まぁスピードなんて、車だって高速教習はgkbrだったけど
いざ免許取ったら70kmとか余裕で走ってたし
慣れるとは思うんですけどね。

なんとか折り返し地点。
がんばろー。

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2010.04.24 Sat

今日は久し振りに女の子を見た。
私くらいの小さい子で、彼氏と来てて、
今日二段階のみきわめらしいんだけど
超余裕で、なんで私とこんなに違うんだ…
と思ったら、彼女は大型だったという。

そりゃぁある程度単車の操作自信あるにきまってるよね。
そんな小さくて対して筋力もなさそうだったけど
それでもやっぱり大型って乗れるんだ。
私も慣れたら乗れるようになって、乗りたいって思うようになるのかな?

坂道発進&オートマ教習。
前回、理論だてて丁寧に説明してくれた教官がいたので
私の通っている教習所は教官を指名も出来るので
次回からお願いしますってカウンターに申し出たら
予定があいていたみたいで今日からその教官にしてくれ


逆になんかびっくりする。というか何故か照れる。

車と理屈では同じなんだけど
手じゃなく両手両足使うから、やっぱり勝手が違う。
左手でサイド落としてアクセル踏むのと
右手でアクセル吹かして右足でブレーキ緩めるのと
同じはずなのに違う。

というか、そんなことより何よりも
前回バイクがそんな重くなく感じて、良かったと思ってたの


今日のバイクがやたら重く感じて
何故なのかよくわからんけど
多分車重はかわってないはずなんだけどな。
バランス崩してスタート位置に押して持っていく時に
倒しちゃった。orz

倒しちゃったらひとりで起こせる気がしないんだけど
本当にこのまま過程進めていっていいんだろうか。
本当に私は免許取っていい人なの?!(汗)

最初は出来てたはずのクランクが、最近一度も成功しな

い。
今日なんかコーン踏んでまってずっこけた。



オートマは、簡単だろうってなめてかかってたんだけど
滅茶苦茶怖かった。
両足揃えてシートに腰かけた状態で
スピード出すことの違和感が止められず。
それにアクセル結構回してもちっともスピードあがらんし
オートマに比べてめちゃめちゃ車体重いから
こんなもんひっくり返したら絶対ひとりじゃ起こせない
と思い、必死に。

外周何周かしただけだけど、マジで怖かった。

「女の子はもしAT乗るにしても最初から400にしない方がいいかもね」
と教官にも言われましたが
MT車でも重いのに、AT車マジ重すぎ…。

こんなに重さも操作感も違うとは思いませんでした。
特に操作感は、原チャみたいなもんだろーと思ってたから
結構違ってびっくりした。

はぁ。
こんなんで次みきわめとか。
無理っぽいじゃん。絶対二段階とか行けなさそうじゃん。

はわー。
怖いよぅ。

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2010.04.22 Thu

マイミクさんの日記を読んでいて、

”今、というのは与えられるものだ。”

という一節があった。

”現在というのは過去から与えられ、未来にかけがえのない贈り物を与えることができる。
だから英語で現在を「present」と言うのかもしれない。”

と。
確かラテン語の前に持って来るがどつちも語源なんだとか
私たちも英語の時間に聞いたような気もする。


今が過去からの贈り物ならば。
思い返すだけで腸が煮えくり返るような過去も
消し去りたい過去もあるけれど
それでも乗り越えてここまで自分を運んできてくれたのだから
やっぱりどんな過去も捨てたものじゃなく
ありがたくて


過去の自分が憧れていた未来を手に入れる為に
今頑張ることが、贈り物をもらったお礼になるのかなって。
ちゃんとありがとうって言わなくちゃって、思う。

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