ふと思いついては消えていく戯れ言の中にも大事なことや本気なことはあるよな、と思い極力書き留めよう、という、日々いろんなことに対する思いを綴っています。
2006.02.08 Wed
やっと読み終わりました。
長かった。
尤も、この一冊のどこかで竜馬は死んでしまうんだと思うと
なかなか寂しいものもありましたけども。
事実は小説より奇なりというのは、本当にそうだなあと
つくづく思います。
読んでいる途中であまりにも中途半端に勇さんがちらほら
出演させられているので、よもやまさか暗殺犯を新選組として書きはしないだろうなと
ちょっと不安になりましたが、まあいくらなんでもそんなことはありませんでした。
なんというか、新選組サイドでこの時代の小説や史料を読んでいる時と、
時間の流れが違って感じられた。
竜馬の方が早くて能動的とでもいうか。
新選組の場合、本来したいと思っていたことをさせてもらえず、
義理や人情で抜けられなくなってきて、嫌な仕事をさせられていて、
という状態から結構後半、どこまでを新選組と言うかにもよりますが、
まあ土方さんの箱館までを考えれば本当に辛い状態で長く感じるし、
更にその後明治まで生き残った人たちのことを考えたら、
例えば斎藤さん改め山口さんみたいな人にとっては、ただひたすらに静かに
口をつぐんで過ごしてきた長い時間。
指輪物語で、長い旅で辛くて辛くて、ついにアラゴルンまでもが
駄目かもと思ったとき、読者の私はもう本当に駄目だとぐったりしたものですが
なんだかそういう種類の、疲れる恐ろしい長い旅路が新選組な気がする。
竜馬は、少なくとも司馬さんの書き方ならば、ひたすらビルボ・バギンズ
って感じだよな。ちゃんと考えてて、何も考えてなくて、陽気で、
すごいことも軽く平気でやってしまう、みたいな。
まあこんな例えでは、指輪知らない人にはなんのことやらさっぱりでしょうけど。
竜馬という人が陽気に書かれているから、最期の場面もそんなに
しんみりせずに読めました。
しっかし、見るサイドを変えるとひとつの行為がこんなにも違って見える。
すごいことだよなあと思う。
熱意が表になかなか出てこないけど、今の世の中だって同じなんだと思う。
ああ、それにしても新選組の書き方、ひどいなあ。
もうちょっと中立に書くか、じやなければ燃えよ剣ではしっかり
新選組サイドに立って書いてくれた方が良かったと思うのですけどねぇ。
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