ふと思いついては消えていく戯れ言の中にも大事なことや本気なことはあるよな、と思い極力書き留めよう、という、日々いろんなことに対する思いを綴っています。
2006.01.18 Wed
新撰組の謎 徹底検証
加来 耕三
私個人としては、半分を過ぎたあたりからは
目新しいこともなく、徹底検証という割には筆者の意見も多く
微妙な感じだなあと思った。
前半部分はなかなか面白く読んだ部分もあったのだけれど。
小説は飽く迄小説なので、ノンフィクションとは違う。
歴史上の人物を取り扱っていたとしても。
だから、小説を取り上げて、史実と違うとか、
何故この史実を書かなかったのかと言うのはナンセンスだと思う。
検証の見解が、私の抱いているものと大きく違う部分も多く、
『根拠が無い』という言葉はよく見受けたものの
筆者が拠っているものが何なのか、ということが私にはいまいち
よく分からない部分もあった。
ただ夏目漱石が大好きな私にとって、斎藤一もとい藤田五郎と
学校で言葉を交わしていたかも?などというのは
なかなか興味深いというか、妄想を掻き立てられた。
筆者はどちらかと言えば永倉さんなどの語り残したことを
信じているように思う。
子母澤さんや司馬さんの書いたものについては細かく否定している割に。
隊土本人だという理由からなのか。
近藤・土方の非をあげて、新撰組研究家や作家が
新選組が好きな故それを避けている
というような記述がいくつかあったけれど、
結局史料がいくつも残っていても、どれを信ずるかによって
『史実』は変わって来る。
多くの史料や証言で同じことが書かれていれば史実と断定もできるけれど、
それが割れた場合、判断はより難しくなる。
隊士本人だからと言って、時間がたてば記憶が薄れる部分もあるだろうし、
立場や事情を重んじて敢えて事実と違うことを書き残したり証言することもあるだろう。
何を根拠とするかというのは、結局は解釈の違いになって、
だからこそそれぞれが事実を知ろうと解釈することに
歴史の面白さがあるのだろうと思う。
PR
*Comment*