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ふと思いついては消えていく戯れ言の中にも大事なことや本気なことはあるよな、と思い極力書き留めよう、という、日々いろんなことに対する思いを綴っています。
2024.11.21 Thu
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2009.04.27 Mon

伊坂先生の小説を読んで、彼ら家族の生き方に感銘を受けた『重力ピエロ』。
その映画化がされると聞いて、楽しみな反面
とても不安でもあった。
小説や漫画がアニメやドラマ、映画化されて、面白かったものに
ついぞ出逢っていないからだ。
商業的な利益ばかりを考えたキャスト、内容。
好きな作品なだけに、そんなことにだけはして欲しくない。
幸いにも、公開に先駆けての試写会を見られることになり
ドキドキしながら会場へ向かった。
 
映画が始まり、美しい青空と桜。
春が二階から落ちてきた。
という加瀬さん演じる兄の泉水のナレーション。
そして、春を演じる高校生時代の岡田さんの、制服姿と笑顔。
この冒頭を見た時に、ほっとした。
大丈夫だと思った。
彼ら兄弟の独特の、たおやかで温かな雰囲気が感じられたのだ。
 
以下、小説と映画の比較といった形で、感想を述べてみたいと思う。
 
 
小説の冒頭では、
『春が二階から落ちてきた。』の後、『私がそう言うと』と続く。
この語りが好きだっただけに、それが端折られていたのは少し寂しかったが
この映画は徹底的に、映画であるということに拘っていた。
文章だから表現出来ること、映像だから表現出来ること
その違いをきっちり把握して作られていた。
小説とは変更点がいくつもあったが
確固たる理由があってのことなので納得がいく。
 
たとえば、泉水が社会人ではなくまだ学生なのも
見た目の問題は勿論、遺伝子研究の会社であるというより
大学院生で研究室にいるという方が
映画だけで考えれば映像だけで簡単に説明できる。
小説ならきちんと文章でどんな会社なのかを説明され納得いくが
同じ事を映画で出来るかというと、
そんな架空の設定を下手に映像化すれば
急に嘘っぽいものにもなりかねない。
 
泉水の夢に出てくる過去の母とバットを持った春は
小説ではとても衝撃的で考えさせられるシーンだったが
映像にすればあまりに悲しく辛いものになる。
そういった部分を極力排除し、
たとえばバットで殴っても血が出ないであるとか
リアルにこだわらないことで映像が美しく、
逆に感情が浮き彫りにされてリアルになる。
 
春のノートの設定が部屋の写真に置き換えられているのも
良い演出だと思った。
一目で春の異常さ、ストイックさ、賢さが表現される。
徳川綱吉を尊敬していて動物好きである、というエピソードが無かったのは残念だが
初めの方で、土手に落ちている成人用雑誌を春が蹴飛ばすシーンは印象的。
内に秘めているもの、そうしたものへの嫌悪が、その数秒で表されていた。
 
ローランド・カークを父の回想シーンで使ったり
夏子さんの設定をばっさりと切り落としてシンプルにしたり
長い小説の話を短く、映像として綺麗に魅せる工夫が随所にされていた。
特に夏子さんは、小説のように頭脳明晰な喋り方ではなく
おずおずと物怖じしながら喋っているのがとても良い。
葛城が注文していたジンジャーエールを、春も注文しているさりげないシーンも良かった。
運ばれるジンジャーエールのグラス、それに注がれる強張った泉水の視線。
これは、映像ならではの表現方法。
映像ならではと言えば、葛城がビデオカメラで泉水を撮り出すシーンは面白かった。
葛城がカメラを持つ姿と、奥のテレビにそれで映し出された
険しい泉水の表情が映るというのも、ふたりのそれぞれの思惑が一度に分かる。
 
小説では徐々に不穏な空気になっていく泉水の計画
映画では少々突発で、思いつめた感じがあったが
まだ学生という設定でもあるし頷ける。
 
 
出来ればエンジンを描いている春は見たかったし
黒澤も見てみたかった。
春が兄を呼びたい理由ももっと描いて欲しかったし
燃えるごみのエピソードは回想にして欲しかった。
アウ゛ェ・マリアは使って欲しかったし
最後は自宅ではなく原作通りにして欲しかった。
春の「行け!」と言うところが見たかった。
『赤の他人が父親面しないでよ』というテレビのエピソードがあってこそ
春の葛城への台詞も際立つはずだと思う。
ビジネスホテルのフロントの男と仙台銘菓の"オチ"も入れて欲しかった。

これは少しネタバレになるのだが
 
 
父が泉水と春を食卓に呼び、話があるというシーン。
「どっちがやったんだ。おまえか?」
と訊かれ、春が瞬きを繰り返し、父が春がやったのだと悟るのだ。
嘘をつくときの癖が瞬きではなく、唇を触るというのも
映像的にわかりやすくそこは良いのだが
映画の握手のタイミングが非常に残念。
春の動揺を誘い、嘘だと暴くために手を握ったように受け取れる気がした。
 
私は小説を読んだとき、父は春にありがとうと言いたいのだと思った。
春のしたことは本当は許されることではなく、
またありがとうの一言で
語りつくせる訳も無い。
男と男同士の会話として、様々な感情があの握手にこめられていたのだと思う。
 
 
しかし、欲を言えばキリがなく
欲を言いたくなるのはつまり、それだけ原作のテイストを損なわない
素晴らしい作品であることの裏返しだ。
 
 
個人的なことなのだが、企画・脚本の相沢友子さんは
私が好きだったテレビドラマ『恋ノチカラ』を担当されていた方だった。
どこか、腑に落ちた。
役者のイメージもぴったりだった。
本当を言うと、お父さんのイメージは個人的には違ったのだが
それでもとても良かった。
実力派の役者揃いの中で、特筆すべきはやはり、春役の岡田さん。
小説の中で、兄がそう思うほど整った顔立ち
豹さながらの恰好良さ
そして、家族が幸せになるほどの笑顔を持つという
難しい役だ。
監督も、春役をキャスティングするのに一年近くを要したそうだが
それはそうだろう。春は兎に角恰好良くなくてはいけないのだ。
そんな難しい役どころを、岡田さんは文句無く演じてくれた。
個人的に惹かれたのは、春が左利きだったこと。
岡田さんご本人がたまたま左利きなのかと調べたところ
ご本人は右利きで、春のイメージは左利きだと練習し
監督に左利き設定をもちかけて認めさせたのだとか。
 
公式サイトを見てみると
やはり映像として見せることに拘ったそうで
映画の内容だけではなく、その作り手の理念にも
とても納得がいった。
昨今中々珍しい、原作を壊さず、媚びず
オリジナリティを加えて映像化する意味をきちんと魅せてくれた。
とても美しい作品だった。

公開したらまた見に行きたいと思う。

 

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